1  カニさんのたまご

胎教

わたしは不妊症でした。
約4年、治療に通いました。

まだ独身だったわたしは、他の方に比べると、まだまだ治療としては軽い方だったんです。
先生の方も、“すぐに出産を考えていないなら、気長に治して行こうね”、といった感じで。

それでも、“産婦人科”で治療をお願いしていたわたしにとって、妊婦さんと混じっての待合室は、苦痛になるときもありました。

幸せそうな顔をした妊婦さんに、
「今、何ヶ月ですか?」
と、聞かれて、答えるときの気まずさ。
答えるわたしもそうですが、聞いた本人も嫌な気分になっているに違いありません。

よく、妊婦さんと一緒にならない不妊治療専門の病院もありますが、治療の内容だけにどうしても雰囲気も明るくはありません。
わたしはその雰囲気に慣れず、結局その病院に通っていたのです。

わたし自身、卑屈になったり、暗い気分になりたくなかったので、仲良くなる妊婦さんも出来たり、妊娠のことを教えてもらって、産みたいっていう気持ちを強くもてたり。

そんなこんなで、排卵誘発剤を飲んだり、ホルモンを調整するお薬を飲んだり、4年間をどうにか過ごすことが出来ました。
知り合った人の中でも、卵子の検査をしたり、ご夫婦で体外受精を試したりしている方たちのお話しを聞くのも、今後のお勉強になりました。
結局、そこまでの治療に入るまでもなく、わたしは妊娠したのです。
エコー写真に、まだ卵だった息子の姿を見たときは、ほんとに涙が浮かんできました。
ずっと、担当してくれていた女医さんも、一緒に涙して喜んでくれたのです。

それから、憧れのマタニティライフ。
思っていたより、お腹って大きくならないんですね。
わたしは7ヶ月まで、マタニティ用でないワンピースで過ごすことが出来ました。
周囲にはわからなくても、ほんの少しずつ変化していくわたしのお腹。
小さいながらも、むにゅむにゅ動いたときは、とてもうれしかったな。

さてさて。
わたしの子育て。
もうすでに始まっています。
お腹の赤ちゃんに話しかけること。
どんなに、小さくても、まだ卵だとしても、きっと、赤ちゃんはお母さんからの声を感じているはずです。

いわゆる胎教ってやつですか?
子育てはお腹の中からはじまっているのです。
“まだ、わからない”
っと、決めつけてしまうのは、厳禁です。
もしわからないとしても、きっと、お母さんの声に、お腹の赤ちゃんは安心すると思いますから、頑張ります。

2  カニさんの産卵

赤ちゃんとの対面

予定日前日。
わたしの目標は、赤ちゃんが大きくなりすぎる前に出産すること。
でも、全然生まれてくる気配がありません。
いつもは車で出かけるところへも、歩いて出かけたり、廊下の拭き掃除をしたり。
頑張った甲斐なし。

予定日から1週間。
まだ、生まれる気配はありません。
そして、ついに予定日から9日目。
その日は日曜日。
朝起きても、わたしのお腹の中にも変化はなさそうです。

さすがに不安になってきましたが、明日月曜日は検診日だし、先生に相談しよう、と、こうちゃん(わたしの旦那さま)の洗車を手伝うことにした。

これが、大きなお腹ではなかなか大変です。
立っての作業はまだ楽なのですが、車の下の方を拭こうと思うと、けっこう大きなお腹が邪魔になる。
わたしは、お腹の中の赤ちゃんに“苦しかったらごめんねぇ”と、声をかけながら、ピカピカになるよう気持ちを込めてフキフキしました。

お昼頃にはこうちゃんと二人、綺麗になった車に満足し、お昼ご飯を食べに行くことにしたのです。
買い出しがてら食べた肉じゃが定食は、最高に美味しかったです。
わたしの大好きなお店の、大好きな肉じゃが定食。
これは、お店のおばちゃんの一番のお勧めなんだとか。
頑張っても、この味はわたしには出せません。
買い出ししたもので、こうちゃんの大好きな“もつ煮”を、たくさんの野菜と一緒に煮ているとき、ちくっとお腹が痛みだす。

これって、もしかして陣痛?
でも、陣痛は、とっても痛いと聞いていたから、お腹が張っているのかな?と様子をみることに。
こうちゃんがもつ煮を食べ始めたころ、かすかにチクチク痛みが続いているような気がしました。
試しに時間を測ってみると、3~4分置き。
これって、やばくない?と心配になり、念のために病院へ電話しました。

「念のため、入院の準備をして来院してくだい。」
ピカピカの車で、病院へ。
診察が終わると、女医さんが、
「たぶん、今日中に生まれるよ。」
と。

うそっ?
陣痛ってこの程度なの?
疑問に思いながら、余裕でこうちゃんと赤ちゃんに話しかけていた。

すると、だんだんと来たのです。
陣痛が。

もう、余裕なんて、言ってられません。
油汗が浮かんでくるほどの痛み。
それでも、赤ちゃんに“頑張ろうね”と声をかけるのは忘れない。
子宮口が全開になり、分娩室へ。

こうちゃんにも“あかちゃんと頑張ってくるね”。
出産って本当に大変。

あまりの痛さに、大きな声を出してしまいそうになりますが、いきみをのがすことの大切さ、なぜだかわかりますか?
お母さんがお腹に力を入れ過ぎると、赤ちゃんが呼吸できなくなって、苦しい思いをしてしまうのです。

ヒ、ヒ、フー。
助産師さんと息を合わせて、いきみを逃し、その時を待つ。

そしてついに。
赤ちゃんとの対面。

このとき、まだ、男か女かわからなかったんですよ。
無事に生れてくれれば、どちらでも良かったし、心から待っていたかったから。
生まれてくれた赤ちゃんは、かわいい男の子でした。

すくすく大きく、のびのびと育ってほしい。
わたしの赤ちゃん、だいちゃん。

カニさん歩きでいいから、自分らしくそだってね。

3  カニさんの子育て

子育てはおおらかに

わたしは、気がつきました。
カニさんのように、自分のペースで育ってほしいと。

それって、甘い考えなんですよね。
カニさんでいないといけないのは、わたしも同じでした。

初めての赤ちゃん。
初めての子育て。
わからないことだらけです。

だいちゃんが泣いている理由も、すべてを理解できるわけではありません。
お乳をあげても、おむつを替えても、抱っこしても・・・。
泣きやまないときは泣きやまないものなんです。
赤ちゃんは泣くのが仕事。
そんな余裕が出たのはもっとあとのこと。

ひとり、だいちゃんと一緒にいて、たくさん泣いたりすると、自分の子育てが不安に思えたり。
カニさん歩きで良いのは、実はわたしの方だったんです。
焦らず、自分のペースで向きあって行けばよいんです。

泣きやまない赤ちゃんはいないし、泣いて満足すれば、疲れて寝る。
そう思った瞬間、不思議と気が楽になったんです。

すると、これまた不思議なことに、だいちゃんが泣き続ける時間が、少しずつ短くなったのでした。
きっと、お母さんの不安が伝わっているのでしょうね。

よく、2人目の子は楽だって話しを聞きますが、お母さんの方に余裕が出て、赤ちゃんも安心するのではないでしょうか。

4  カニさんの成長

たくさん話しかけてあげて

だいちゃんは1歳になりました。
すくすく大きくなり、検診も順調。
ゆっくりゆっくり。
子育てを楽しんでいました。

ある日。
病院の母親教室で仲良くなったママ友さんと、退院後、初めて集まることに。
それぞれ、出産予定日の早い遅いもありましたが、みんな無事に1歳を迎えていました。

1歳を過ぎた赤ちゃんが7人。
一番広いおうちのお友達の家にお邪魔させてもらったのですが、さすがに7人もいると、すごい光景です。
ハイハイする子、つかまり立ちする子、てくてく歩く子。
大ちゃんは10ヶ月で歩いたので、とっと、と歩ける程度でした。

でも、みんな、まだおしゃべりは難しそう。
そのうち、おもちゃの取り合いや、お腹がすいて泣く子、ケンカする子たちもいました。
ケンカ出来るって立派に成長している証拠ですよね。

散らかり放題のお部屋。
冷蔵庫に張り付けてあるかわいい動物のマグネット。
それを持ってきてしまった子がいて、わたしたちがおしゃべりしているところに置いて行ってしまいました。
ちょうど、わたしのところにきただいちゃんに、
「だいちゃん、これ、れいぞうこにぺったんしてきて!」
と、冷蔵庫を指差して頼むと、マグネットを持って、だいちゃんは冷蔵庫へ。
それを、冷蔵庫にぺったんこ、すると、周りのおかあさんたちからどよめきが・・・。
「なんで、言葉がわかるの??」

赤ちゃんって、確かにわからないことが多いし、言葉を話すまで、時間もかかってしまう。
でも、けっこう言葉を理解していたりするんですよ。

たとえば、わからないからと言って、ずっと黙っているのと、わからなくてもずっとお話しているのと、赤ちゃんの言葉の理解度が同じだとはわたしは思いません。
赤ちゃんは、生まれてから、毎日、一生懸命お勉強していて、お母さんの声を聞こうとしていると思います。

毎日お勉強し過ぎていて、きっと脳も疲れて、泣きたくなることだってあると思います。
たくさんの可能性のある赤ちゃんに、話しかけないなんて、とってももったいないと思いませんか?
寝返りを打ったり、ハイハイしたり、つかまり立ちをしたり、というのもお勉強ですが、何より、言葉のお勉強が大切だし、これからのコミュニケーションのためにも欠かせないものとなってきます。

“まだ、わからないから”

なんて、固定観念を捨てて、たくさん赤ちゃんには話しかけてくださいね。